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福岡高等裁判所 昭和26年(う)1703号 判決

控訴人 被告人 藤井政次郎 大藪子之吉

検察官 長田栄弘関与

主文

本件控訴を棄却する。

理由

弁護人鶴田英夫が陳述した控訴の趣意は同人提出の同趣意書並びに同補充申立書に記載の通りであるから、ここにこれを引用する。

第一点について。

所論は法人税逋脱犯の成立時期は納期満了の時であるとの見解に立ち、本件法人税の納期満了の日時は、昭和二十三年七月三十一日であるのに、原判決は被告人の経理面における不正操作に加え右納期の後である同年八月三十一日の門司税務署長に対する虚偽の確定申告をも含めて法人税法第四十八条に所謂詐偽その他の不正行為ありたるものとし、即ち明らかに犯罪既遂後の右申告をも右犯罪行為の一部と解しているのみならず、これに先行する前示不正操作についてもその時期が右納期たる七月三十一日以前の行為であるか否か確定していないのは審理不尽又は理由不備の違法があるというのである。

しかしながら申告納税制度の下における逋脱犯成立の時期に付いては該制度の趣旨に従い、各場合に応じて之を決定すべきであつて所論の如く一律に所謂納期説を採ることはできないと思われる。即ち納期前に虚偽の確定申告をした場合には納期の到来によつて犯罪は成立するが納期経過後申告のあつた場合においては右申告の時に犯罪が成立するものと解するを相当とする。即ち法人税法第四十八条の罪は納期到来と申告の二事実の合致によつて直ちに成立すると同時に右の合致なくしては成立し得ないものと解するを正当とする。従つて弁護人のこれと反対の見解に立脚する論旨は総て採用し難い。

次ぎに脱税の目的を以て先づ不正簿記その他経理面における不正操作をなしこれを根拠として虚偽の確定申告をした場合には前者は対外行為である右申告の為めにする対内的準備行為と見るべきであり仮にそれ自体も法人税法第四十八条に所謂不正行為と解すべきだとしても最終の目的である虚偽の確定申告が既になされた以上これと合して一連の不正行為と見るべきであるから判決には最後の申告の時期を記載すれば足り、これに先行する前示各行為の時期を掲げる必要は全くない。

従つて右原判決に右時刻を明記しなかつたからと云つて所論の如き違法はない。

同第二、三、四点に付いて。

原判決は逋脱犯も一種の目的犯であることは之を認めているのであつて、判文中「およそ逋脱犯成立の主観的要件である逋脱の認識については」とあるのは逋脱の目的の認識に付いてはの意味であり、その認識の程度は当審もまた原判決と同様正当所得額に対する正当課税額に比し寡少税額の賦課をうける認識の存在を以て足ると解する。

しかして被告人に右程度の目的認識のあつたことは原判決挙示の証拠を綜合して優に之を認め得るし他に右認定を覆すに足る証拠もないからして所論第二、三、四点もまた理由がない。

第五点について。

法人税法第四十八条に所謂不正行為とは詐偽の外いやしくも逋脱を可能ならしむるに足る一切の不正行為を指すものと解するを正当とすべく従つて本論旨もまた理由がない。

第六点について。

記録に現われている一切の犯情に鑑みるときは原判決の刑は相当だと思われる。従つて本論旨も又理由がない。

右の通り本件控訴は理由がないので刑事訴訟法第三百九十六条により主文の通り判決する。

(裁判長判事 谷本寛 判事 竹下利之右衛門 判事 青木亮忠)

弁護人鶴田英夫の控訴趣意

第一点詐欺その他不正の行為により税金の納期に納税しなかつたことによつて、税金を免れたことになり、税法の逋脱犯が成立するものであることは、幾多判例の示すところである。

原判決は、犯罪事実の第一において、被告会社の昭和二十二年第六期事業年度(昭和二十二年六月一日より同二十三年五月三十一日迄)における所得及び資本金額につき、昭和二十三年八月三十一日門司税務署長に対し虚偽の確定申告を為しその頃同署長に対し法人税七十九万三千六百八十九円を納付し正当税額との差額を逋脱したものと認定しているが、右法人税の確定申告及び納付期限は、原判決適用の法人税法第十八条第二十一条第二十二条及び第二十六条により昭和二十三年七月三十一日であることが明らかである。従つて原判決は、

一、犯罪成立の時期については、法の解釈適用を誤つた違法がある。

而して犯罪成立後の行為は該犯罪行為そのものではないのに、原判決では、昭和二十三年七月三十一日の前後に亘る被告人の行為について、それが不正行為であると判断しているのであるから、右の違法が判決に影響あること明らかである。

二、法人税法第四十八条の逋脱犯は税の納期満了の時成立するものであるから、被告人の行為が同条の犯罪となるかどうかは納期以前の行為について判定せられなければならないのに、原判決が、納期後の行為である昭和二十三年八月三十一日に為された虚偽の申告行為をも含めた被告人の行為を目して、法第四十八条所定の不正の行為に該当するものとしたのは、法の解釈適用を誤つた違法があると共に、理由不備の違法がある。

三、「右事業年度の完成工事中の一部を経理面に於て未完成工事としてその収益を該事業年度の収益とせず仮受金として記帳整理し翌年度の収益に予定するが如く作為し」と認定しているが、右の行為が何時なされたか換言すれば昭和二十三年七月三十一日以前の行為であることを認定せずして、不正行為により法人税を逋脱したものとしたのは、審理不尽且理由不備の違法がある。蓋し右判示行為の全部又は一部の時期が確定されていなければ、これを不正行為をした判断の正否を知ることが出来ないのである。

第二点原判決は、犯罪事実の第一及び第二の各冒頭に、「被告人大藪子之吉は被告会社の業務に関し法人税を逋脱しようと企て」云々と判示し、各法人税法第四十八条を適用処断しているが、「被告人大藪子之吉及び弁護人の主張に対する判断」の(一)において、「およそ逋脱犯成立の主観的要件である逋脱の認識については正当所得額に対する正当税額に比して寡少税額の賦課を受ける認識があれば十分と解するのが相当である」と判示し、同(二)において、「法人税法第四十八条は詐偽又は不正の行為と規定しているが詐偽行為は不正行為の例示であり不正行為とは逋脱の目的を以てなされるところの逋脱を可能ならしめる一切の行為と解する」として、目的の要否について前後くいちがつた見解を示している。このような矛盾した二様の法律解釈を附加せられたことによつて、前掲「逋脱しようと企て」との意義を不明ならしめると共に、如何なる法解釈の許に法人税法第四十八条を適用したのかを知ることができないことになつている。右は理由不備の違法あるものと謂うべきである。

第三点原判決は、被告人及び弁護人の「脱税犯は故意犯であり目的犯であるが本件においてはその故意目的がない。又犯罪の手段として詐偽その他不正の行為が必要であるのに何等不正行為が為されていない」との主張に対する判断として、「法人税法第四十八条は「詐偽その他不正行為」と規定しているが詐偽行為は不正行為の例示であり不正行為とは逋脱の目的をもつてなされるところの逋脱を可能ならしめる一切の行為と解する」として、被告人のとつた手段の外形的説明をした上、「かかる手段を講ずることについて被告人大藪子之吉にその認識があつたことは前段説示の通りである、従つて右主張は理由がない」としている。而して右の「前段説示」によれば単に認識のあつたことだけの説示であつて、目的の存在は認定されていない。即ち、不正行為とは逋脱の目的を以て為されるところの逋脱を可能ならしめる一切の行為であるとの見解を示しながら、事案の行為については、目的の存在を認定せず、認識のあつたことを認めるというだけで、前記の主張を排斥したのは、明らかに理由のくいちがいであり、判旨何れにありやを知ることのできない理由不備である。

第四点原判決は犯罪事実の第一及び第二の各冒頭に「被告人大藪子之吉は被告会社の業務に関し法人税を逋脱しようと企て」と説示している。右は法人税逋脱の目的の存在を認定したものと解するのが相当であると思われるが、理由の後段における「およそ逋脱犯成立の主観的要件である逋脱の認識については正当所得額に対する正当課税額に比して寡少税額の賦課を受ける認識があれば十分と解するのが相当である(中略)少くとも右必要限度の認識の存したことを認むるに十分である」との説示によれば、単に認識のあつたことを認定しただけで逋脱目的の存在をも認定したものではないようにも思われる。そこで右判示が、

一、若し逋脱目的の存在を認定したものであるとすれば、証拠によらざる不法の認定であり、少くとも犯罪事実の誤認であると思料する。

(一)、原判決の引用する(1) 被告人大藪の原審公廷における供述、(7) 検事作成の八木昭一に対する供述調書、(8) 検事作成の大隅孝に対する供述調書、(10)検事作成の被告人大藪に対する供述調書、(11)検察事務官作成の同被告人に対する供述調書、(12)原審における八木昭一の証言の、いずれにも、被告人会社の当該年度完成工事について、経理面上、未完成中仮受仮払として記帳せられていたものを、その儘次年度に繰越した処置が、法人税を考慮し、これを免れる意図の許に為されたことを認めらるべき内容を有するものは存在しない。尤も右(7) の八木昭一の供述調書中「私としては斯様なやり方をやつて良いものかどうか疑問がありましたが重役では無いので発言しませんでした、その後社長に斯様な事をすれば法人税の脱税になりはしないかと訊したところ工事を繰越すのは翌年度にそのまま利益が計上されるので脱税ではないと申しておりました」との記載はあるが、(12)の原審第三回公判における証人八木昭一の証言により、同人が社長たる被告人大藪に訊した時期は昭和二十四年九月か十月頃即ち本件判示犯罪行為のあつた以後のことであることが明らかであつて(なお被告人大藪の検察官に対する供述調書第十四項参照)、行為時において被告人大藪が税のことを考慮に入れていた証拠とはならない。又(11)の被告人大藪の供述調書の第七及び第八項には、税の認識の点に関するまぎらわしい供述記載があるが当時税のことを認識していた趣旨の供述でないことは、同供述調書第十四項の供述記載並に原審第四回公判における主任弁護人の問に対する同被告人の供述によつて明確である。結局判示経理面上の操作に当り、それが税金逋脱の目的を以てなされたことについては勿論、それが法人税に影響することについての認識があつたことを認め得る証拠はないのである。

(二)、被告人会社において、工事中、仮受金並びに仮払金として記帳していた該工事に関する収支を、工事完了せるに拘らず未精算のまま確定の収入支出として記帳し替えることなく、次年度に持越すに至つたことについては、会社経営上やむを得なかつたものと認められる合理的理由がある。即ち被告会社は従来門鉄管内鉄道関係土木工事を特命で一手に引受けていたのが、二十二年七月からは指名された八社の競争入札、二十三年七月からは同二十社の競争入札、次で全くの自由競争となることのため請負工事量の減少と利益率の激減が顕著となり、社運の将来が悲観せられ、二十三年末から二十四年中にかけて会社解散説さえ表明せられるに至つた程で、二十一年度に比べ二十二年度更に二十三年度と会社利益の激減をありの儘に示すことは会社解散の運命を一挙に決することとなり、多数社員の失業が懸念せられたこと、決算面上多額の利益を表すことは、従業員の賞与金並びに当然予想せられる多数の退職者の退職金が、会社の存否に関する危急の際であるのに多額に要求せらるべきことが、当時の労働攻勢の情勢上危惧せられたこと、被告会社が戦時中鉄道工事請負人を統合し之等を主たる株主として組織された会社であり、会社が門鉄局から請負うた工事の下請は全部之等株主が為していた関係上、株主から会社の中間利得過多の攻撃を受くるのみならず下請価額の値上要求が予想せられたこと、就中社長として業務全般の運営を統括する被告人大藪としては、運営資金の確保が要務であり、運営資金は専ら銀行からの融資に待たなければならないのに、融資は未完成請負工事金額を基準として為される関係上、未完成工事請負金額を多からしめて置く必要を痛感していたこと及び仮払中の不良資産約壱千三百万円を処理する必要があつたこと等の理由により、支店長及び重役等の期せずして一致した意見により、未精算の儘繰越したというのが真相であつて、株主によつて指摘せられた場合の表面的の理由としては、退職金が必要になつて来るからこれに引当てのためにしたものであると説明すべきことをも協議せられていたことが、原判決引用の各証拠、原審証人吉原正明の証言就中第四回公判末尾被告人大藪の供述によつて認められるのである。かくて繰越の理由が、銀行からの融資を受くる便宜上の必要を除く外、尽く対内的関係にあり、会社危急存亡の際注意は専ら此の方面に集中せられていたことが窺われるのと、第四回公判における八木証言にある通り二十二年度の法人税(二十一年事業年度分)は八万円も過納していたり、起訴状及び原判決の認定にある通り税務署が調査すれば直ちに判明する資本金額を両年度共間違えて居り、殊に第二の二十三年第七期事業年度分の税金算出上自己の不利益になるよう資本金額を過少に間違えている等法人税に関する知識及び関心の少かつた事実に徴するも、被告人等の目的は他にあつたものと謂うべきであり、主観的要件に関する前掲原審の認定は、たとえそれが脱税認識の存在だけを認定したとしても、誤認であることを疑うに十分である。

二、若しも、逋脱目的を認定せずして有罪としているものとすれば法人税法第四十八条の解釈適用を誤つた違法あるものと信ずる。法第四十八条は、詐偽その他不正の行為により法人税を免れた場合と規定する。即ち詐偽その他不正の行為が法人税を免れる手段とせられる場合であつて、目的があつて始めて手段があり得るのである。文面上明らかに逋脱目的の存在を主観的要件とするものと解すべきであり、例えば秩序犯に属する物品税法第十九条第一項第一号と逋脱犯たる同法第十八条(法第四十八条と同文であつて同意義に解すべきである)との罪質の区別の如き、これを逋脱目的の存否に求むべきである。(最高裁判例集三巻十二号、一九六二頁参照)法第四十八条と同用語の所得税法第六十九条についてなされた最高裁昭和二四年(れ)第八九三号同年七月九日第二小法廷判決にも、右の趣旨は窺われる。

第五点本件行為時法たる法人税法第四十八条第一項は、詐偽その他不正の行為により法人税を免れた場合と規定している。「詐偽」が不正行為の例示であることは明らかであるが、如何なる意味の例示であるかが問題である。不正の行為というような極めて広汎で且抽象的であり多分に道義的意義を含む文言に、一定の限界を設くることなくしてあらゆる不正と称し得る一切の行為を含むものと解することが罪刑法定主義を採る憲法の下にある刑罰規定の解釈として果して妥当であろうか、殊に正不正の観念は、絶対的のものではなく飽く迄相対的のものであつて、同一行為がその観点を異にすることによつて或は正ともなり或は不正とも称し得ることを考慮せなければならない。右の意味において、原判決が「不正行為とは逋脱の目的を以てなされる」行為と解するとして目的の限定によつて不正行為の範囲を制限する意図には賛意を表せざるを得ない。が更に例示として「詐偽」を挙げたことを無視すべきではないと思料する。各種の税法に用いられている右同一法文はすべて同意義に解すべきものと信ずるが、同時法たる昭和二十三年法律第一〇八号取引高税法第四十一条第一項第一号には、納税義務者が同法第十三条又は第十七条の規定による申告書を提出しないで取引高税を免れようとした場合を、第四号の詐偽その他不正の行為により取引高税を免れようとした場合に該当しないものとして別に規定し、同法第四十三条第一号、第四十四条第三号等で帳簿や申告書の虚偽記載について、別に罰則を設けてあり、その他昭和二十二年法律第二九号物品税法第十八条と同第十九条第一項第一号との関係、昭和二十二年法律第二七号所得税法第六十九条と第七十条、昭和二十二年法律第八七条相続税法第七十一条と第七十二条等の規定を対照考量すれば、たとえ故意乃至脱税意図の認められる場合であつても、帳簿や申告書に虚偽の記載をしたことだけでは「詐偽その他不正の行為」とするに足らないものとした趣旨が窺い知られるのである。而して詐偽とは、いうまでもなく人を欺罔して錯誤に陷れることであり、これを不正行為の例示としたところから視れば、不正の行為とは、詐偽と称し得ないまでも、少くとも悪質の点において之と同程度に評価し得る詐偽類似の不正行為のみを指称するものと解し、客観的にも制限を加えることが妥当であると信ずる。そこで原判決の認定するところをみるに、「事業年度の完成工事中の一部を経理に於て未完成工事としその収益を該事業年度の収益とせず仮受金として記帳整理し翌年度の収益に予定するが如く作為し」、その収支決算により生ずる利益金に相当する金額だけ少額の所得があつたものとして虚偽の申告書を提出した、と謂うにある。右後段の虚偽の申告書を提出したことだけでは不正の行為とはせられないのであるから、前段帳簿上の処置を検討するに、工事未完成中該工事に関する収支の記帳は全部仮受金及び仮払金として為されて居り、工事完成の上精算して始めて確定支出と確定収入となつて損益が出て来るのであるが、被告会社ではこの精算記帳替の手続を次年度に繰越して、帳簿上仮払金、仮受金とした儘公表資産面に表わしていた事実(第四回公判の冒頭に提出した第六、七期営業報告書及び同回証人八木の供述参照)を、原判決は他の表示方法により認定しているのである。而して、かくの如き処置は、怠慢によつて為ることもあり、事務繁忙のためやむを得ずにすることもあり、何等かの目的により故意にすることもあり又税金を免れる手段として為されることもあり得る筋合であるが、客観的に、その総ての場合を不正の行為であると謂い得ないことは勿論である。たとえ脱税目的でなされた場合でも、前述の理由によりこれを「詐偽その他不正の行為に該当しないもの」と解するのが相当であると思料せられる。殊に判示第一事実については、納税期日たる昭和二十三年七月三十一日以前において為された処置が、どの程度迄進んでいたかは不明であり、申告及び納税期日を徒過したに過ぎないことが認められるのである。仮に逋脱の目的を以て叙上の処置が執られた場合は、これが不正の行為に該当するものだとしても、被告人六藪が逋脱の目的は勿論脱税認識を以てしたものでなく、会社経営上相当と認められる他の目的を以てしたものであることは、第四点の一に記述する如く、証拠上明らかなところである。よつて、原判決が、前記認定事実が法第四十八条第一項に所謂「不正の行為」に該るものとして処断したのは、「不正の行為」の意義に関し、同条の解釈を誤つて罪とすべからざる行為を罪とした違法があると思料する。

第六点仮に叙上の所論理由なしとするも、原判決の量刑は、左記の情状に照し重きに失するものと信ずる。

一、法人たると個人たるとを問わず、不相当な課税額或は徴収方法が、これを完全に没落せしめた事例の余りに多く、死を以て抗議或は清算する悲惨なる事例すら少くない事態に鑑み、古来苛斂誅求を酷政の代表語として戒められて来た所以を了解しない者はあるまい。わが国の税法が旧来逋脱犯を詐偽その他不正の行為により税金を逋脱した場合に限定して、明らかに秩序犯と区別して来たのも、その成立要件を厳重にすることによつてその適用せられる場合の少なからんことを期する趣旨即ち伝家の宝刀視して容易に抜かない趣旨に出でたものと解し得る。

二、本件の行為は、帳簿上積極的に特別の操作をしたものでなく、又財産の隠匿行為でもなく、工事の完否を質すことによつて直ちに判明することの明らかな、不作為の処置に過ぎない。

三、かくの如き措置が、当該年度においては税金を免かれたという不当の結果となり、違法な処置であると知るや、直ちに不足額の納付を申出で、国税局の調査終了を待つて、不足額のみならず法定加算金全額を納付し(第三回公判に提出した納付済税額証明書弐通参照)、関係者一同痛く恐縮しているのである。

四、右税金の追納と、被告人大藪その他会社幹部一同が憂慮し、そのためにこそ前記の処置を執るに至つた事由が現実に到来した当然の結果として、被告会社は今や気息奄々として、正に解散のやむなき悲運に際会している実情にある。

五、被告人大藪は、本件の処置を自ら発意して専行したものではなく、支店長会議及び重役会議の総意に従つたものであり、又私心を以て自己の為めにしたものでなく、会社運営の任に在る者として、会社株主及び従業員全般のため事態に適応する已むを得ざる処置として為したものである。只自らは勿論社内に税法に詳しい者がなく、税に影響することの観念稀薄であつた為め、特に研究することを怠つた失態あるに過ぎない。しかもその失態の責任を痛感、悔悟し、社長の職を退いて謹愼して居る。

以上の情状は、今更これを逋脱犯として処罰する価値なきことを思わしむるに十分である。而して、摘発を受けた幾多の此の種事案が、正当税額を異議なく納付することによつて、告発及び起訴を免れている事実は、本件を処罰価値なしとすることの妥当性を証明する。

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